メッセージ:長くてすみませんの削除依頼

以下のメッセージを削除依頼します。
タイトル:長くてすみません
名前:。。。。。。。
メッセージ:「教育」について説明するとなると、歴史的教育観の変遷やら教育勅語やら日本国憲法やら
教育基本法やら学習指導要領やら(これは関係ないかも)なんやらかんやら、

さまざまな観点から論述していかねばなりませんが、ここでは省略させてください。

しかし、だいたいの一般常識として挙げると、
戦前の教育には「自分で考え、行動する」という行為は許されていなかったということがあります。

何かを書くのも、何かを作るのも、すべて国益に繋がるように要求されていました。
そして国民は思考する力を奪われる形となり、「何か変だ」と感じても何も成す術がなかった。
それがそのまま流れ、小さなひずみが大きな歪みになって戦争に発展しました。

そしてあまりにも多くのものを失いました。
その大きすぎる代償で得た一番大きなものは「繰り返してはならない」という認識であり、
そして、新しい人間観の基にある「教育」だったのです。

戦後、私たちは「考える主体をつくるための教育」を受けることができるようになりました。
いかによりよい人生を送るかを「自分で考え、行動する権利」を得ました。

だからこそ、「新しいものを作り出す力」を得たのです。
もし、日本の教育がゆがむことなくずっと発展深化できていたなら、
そもそも戦争は起こらず、やはり産業はもっと進化することが出来ていた事でしょう。

歴史に「もし」はないとよく言われます。起こったことは変わらない事実です。
そして「歴史は繰り返す」とも言われます。
戦争は約50〜100年周期で起こってきた、それは人間が「忘れるから」です。
人間は学習する生きものであり、そして学び続けなければ簡単に忘れる生き物です。

現代はもう簡単に過去を忘れ去る事ができない時代になりました。

だからこそ今からまた「教育」を見直し、私たちは学び続けなければならないのです。

現行の教育にもさまざまな課題があり、本質を見失っているところがある。
そして変わろうとしている教育にも「何かおかしいところ」がある。

私はこの時代に、あなたのように若く、理論立ててものごとを捉えようとする人間が必要だと考えます。

あなたは反対派運動を展開する活動家たちの抽象的な表現や行き過ぎた行動に疑問を
覚えた、そして、今何が必要なのかを考えました。
そして私はあなたの理論に対して疑問に思うところを展開し、その中であなたの中にに少なからずも
「戦争は得策ではない」という希望にも似た考えがあることを認めることが出来ました。


私は「人間の鎖」の現場に立ち会っていました。しかし鎖に参加できなかった。
まだ私にもあなたとは逆の葛藤があることを自分の中に認めるからです。
根本的な考え方は恐らく変わりませんが、、
私はもっと国際間の緊張や軍事政策について勉強しなければならないのかもしれません。

私は個人的に関心を持って報道や文献を整理して調べたり、各種活動に注目したりしていますが、
最近は「平和学」という学問が開かれてきており、大変興味深いものも多くあります。
「平和学」によれば、あなたが疑問視してきた「武力行使反対派」の理論がかなりの
現実的レベルまで引き下げられて展開されていることがわかります。
平和学はあらゆる学問が総体的に組み合わさって連携しあう学問のようですから、自然科学や
社会科学、経済学、ジェンダー思想など、さまざまな観点からものごとを見る力を養えると思います。
わたしもぜひ機会があれば学んでみたいと考えています。

ただ、大事なのは「何のために学ぶのか」ということを見失ってはいけないと言う事です。
私たちは知恵比べをするために勉強するわけではないからです。

私は右にも左にも行こうとは思いません。
あなたに右にも左にも言って欲しいとは思いません。

何かに流されるのではなく、どちらかに偏るのでもなく、
「自分がどう生きたいか」でものごとを選択すれば、
おのずと全てが自分に関わっている事を知ることになります。

私は「軍事力」ではなく「教育」に心血を注ぐ事が国の最大の義務であると考えます。

私にとって、「積極的」自衛権の行使の是非についてあなたと話し合えた事は大変有意義なことでした。

まずはお互いにもっと「健全なる猜疑心」を育てることから呼びかけたいと思います。


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